今日はメルマガ書くのに
随分時間がかかりました。
頭が回らない…
そして時間ばかりが経過する…
堀くんから言わせると、
「左の画面のネットフリックス、
消したら集中できるんじゃないですか?」
もちろん、その影響もあるでしょう。
でも、書こうと
思うことが出てくる時は、
いつでも出てきます。
ネットフリックスが
あろうとなかろうと…
その理由は明らかでは
ありませんが、
書けないなぁ…という
気持ちが出てきた時、
あることを思い出しました。
『ステレオタイプ脅威』…
スタンフォード大学の
クロード・スティールが
提唱する概念です。
心理学者が
『アイデンティティ付随条件』と
呼ぶものです。
我々には様々な所属の概念がある。
例えば
男(女)とか…
黄色人種とか
日本人とか…
そしてそれぞれの所属に対して
典型的なイメージを持っています。
男なんだから…
とか
アジア人は…とか
あるいは日本人は…とか。
そういうアイデンティティを
感じると、
それに抗おうとすればするほど、
マイナスの結果になってしまう。
例えば、
「女性にはリーダーシップがない」
(実際はそんなことありませんが…)
自分が女性であることに
意識的であればあるほど、
リーダーシップを発揮したい場面で、
その能力が損なわれる。
実際に実験では、
女子大学生を二つのグループに分け、
数学のテストをします。
そのテストをする際に、
一方のグループには、何も言わず、
もう一方のグループには、
『自分が女性である』ということを
テスト前に印象付けるものを
経験させるのです。
そうすると、
自分が女性であることを
印象付けられたグループは、
軒並み数学の成績が悪くなる。
これは「女性は論理思考が苦手」
というラベルを無意識的に思い出させる。
僕たち日本人が、
人前で話すことが苦手…というのも
このステレオタイプがあると
思われます。
「日本人は感情表現が苦手」
「男なんだから人前で感情を出すな…」
「女は男の3歩後ろに下がるべき」
様々な文化的な刷り込みが、
僕たちの本来のパフォーマンスを
なかったことにしてしまう。
そして思うんです。
これって、文化的なことだけだろうか?
例えば、
僕は義務教育の期間中、
夏休みの読書感想文を
提出した記憶がありません。(笑)
本当かどうかわかりませんが、
僕は『書く』ということに対して、
モーレツな苦手意識があります。
「何を書いたら良いかわからない」
適切さを求めすぎるから
かもしれません。
ちなみに、
書くほどではありませんが、
人前で話すことも
苦手意識があった時代もあります。
『書く』ということは、
一昨年のKindle出版と、
昨年、メルマガを書き続けたことで、
だいぶ克服しているとは
思いましたが、
時折、こういう時になると、
自分の中で
『反芻』(はんすう)が起こります。
内部対話の繰り返しです。
「やっぱり書くのはダメだね。」
こういう昔ながらの声が
聞こえてくるようです。
で、今日は何をしたから
書けるのかというと、
ザイク博士がいうところの、
『脱構築』をしようと思ったら、
書けるようになりました。
書くのが苦手…
というのは、
文字を打ち込むことではない。
そして、
文章を作ることでもない。
何が苦手か…
『何を書いたらいいか』
というその日、その日に
適切な話題を見つけること。
『苦手』をそこまで脱構築したら、
できることがわかりました。
『書くことが
苦手について書けばいい』
つまり、
『書くことが苦手』…という
自分のアイデンティティにある
この考えが、『書けない』を引き出す。
だから、
『書けない』をテーマにすることで、
『書く』という行為を進められた。
自分を決めすぎることは、
能力を低下させることにもなる。
そして、
この言葉を思い出しました。
そう、僕は書くことが苦手。
何を書いたら良いか
わかっている時を除いては…
では!