今日、新幹線の移動中、
ある寄稿エッセイを読みました。
ポジティブ心理学の第一人者である、
ソニア・リュボミアスキーの文章です。
彼女は、
「幸せになるための秘訣は
他者との繋がりでも、
ポジティブ思考でもない」
と説いていました。
幸せ…つまり
「愛されているという実感」は
従来の考え方ではうまくいかないと。
やっちゃいけないことを
教えてくれてました。
あなたは何だと思いますか?

残念なことに、
リュボミアスキーの文章には
「あること」に言及がないことで、
耳障りは良いけど、
成果につながらない。
ポジティブ心理学の第一人者でも、
このレベルかとガッカリしました。
しちゃいけないこと…
それは
相手を変えようとする。
自分を変えようとする。
(確かに…)
それではうまくいかない。
だからリュボミアスキーは、
愛されたいのなら、
相手を大切にしていることを
伝えることから始める。
そのために
「良い聞き手になる」のが大事…
そう言うのです。
ここを読んで、
思わず笑っちゃいました。
だって、相手を変えよう、
自分を変えよう…
こういうのって
「意志の力で止めようがない」
そりゃ無理な相談です。
さらには、その代わりとなる
アドバイスたるや…
話を遮らない。
相手が求めない限りアドバイスしない。
その代わりに、
「相手に心から関心があることをはっきり示す」
ですよ!
もちろん、それは
そういう考え方は間違いじゃない…
でもさ、
関心があるぜ!
愛してるぜ!
みたいなことを
世界の中心で叫んだって、
相手がエッジ(端)に居たら届かない。
逆に
大声で叫んだ時、
それが耳元なら、不愉快になるだけ。
何を、
どのようにするのか?
そこが発見できなきゃ、
その人の人生は変わらないし、
幸せになんてならない。
その点、
ミルトン・エリクソンは、
すごかった。
眠れない…という患者…
彼は「一晩中寝られなくて、
のたうち回って寝ようとしている。
一度も二時間以上寝たことがない」と
切実に訴えている患者です。
あなたなら、この男性に
どんな言葉をかけますか?
「リラックスして」と
優しく傾聴しますか?
そんな言葉を聞いたところで、
患者の頭の中で
「じゃあ、『どうやってする』のさ?」
がこだまするだけ。
エリクソンは
「リラックスしましょう」なんて
直接的なアドバイスなどしませんでした。
代わりに彼が与えたのは『課題』…
時にそれは、
不眠の患者にとって
「苦行」とも言えるものでした。
エリクソンは、
不眠の患者が家事の中で
一番嫌っている
「ワックスを使った床磨き」に
目をつけました。
「あの匂いがたまらない。
あれをするくらいならなんだってする」
患者はそう言ってたのです。
だからエリクソンは、
「ベッドに入って眠れなければ
ジョンソン社のワックスの瓶と
ぼろきれを持って、
朝起きる時間まで一晩中床を磨きなさい。
そして
そのまま時間通りに事務所に行きなさい」
と指示したのです。
それを毎晩、
徹夜で大嫌いな床を磨き続けるという苦行。
するとどうなったか?
4日目の夜、
彼は床を磨き始める前に
「ちょっと目を休めようと思う」
と言い、
そのまま次の朝7時まで
ぐっすり眠り込んでしまったのです。
なぜ、
こんな理不尽とも思える
苦行が効果が出たのか?
話を遮ったらいけない…
求められないアドバイスしない…
関心があることをはっきり示す…
ここ(不安)から
あちら(幸せ)に至る道が
どこにもないんです。
み〜んな単なる精神論、
『ガイドライン』です。
一方でエリクソンは知っていた。
ただ正論やアドバイスをぶつける代わりに、
症状が
「極めて不便なもの」に変わる
課題を与えることで、
症状そのものに対して
抵抗を生み出すことができると。
不眠で起きていることが、
「煩わしくなるような状況」を作り出す。
クライアントは、
その理不尽とも思える
課題の最中に気づく。
そしてそれが自ら行動を起こす
動機づけとなる。
やがてその人なりの
行動法則を発見するようになる。
相手の意識的な抵抗を迂回し、
無意識の力動に働きかけ、
自発的な変化を達成させる。
まさに、
見栄えの良い精神論ではない、
現実を動かすための
具体的な「スキル」。
関心を伝えるのは、
美しいガイドラインではなく、
『非言語』の使い方。
そしてそれが、
細部にわたって一致していること。
目線…
声のトーン…
ジェスチャ…
それぞれに、『関心』を
それとなく伝える雄弁さがある。
僕のメンターであるジェフ先生は、
これを直接的な説得ではなく、
内側から引き出す
『喚起(エヴォカティブ)』と呼びました。
あのリュボミアスキーの話…
「話を遮らない」
「関心を示す」
これらはガイドライン
美辞麗句です。
僕たちに必要なのは、
その美辞麗句を
現実の世界で機能させるための、
一つひとつの精緻な「技術」。
それが小手先でも
美辞麗句よりも役に立つ。
あり方を経験しながら
表現手段としての
スキルを磨く。
これが大事。
では!
