『コーチング4.0』レター 第35話

ついアドバイスしてしまう人に


おはようございます、神 崇仁です。

あなたは、
誰かが悩み事の相談や、
自分の得意な分野の話を
しているときに、
つい口を挟んで
アドバイスしてしまうことは
ないでしょうか?

あるいは人から
「あなたに言われたくない」
「聞きたくない」と

直接言われたり、
不愉快な顔をされたりしたことは
ないでしょうか?

僕はあなたもご存じのように、
ちょっと変わった、
そして常識とは違う
コミュニケーションを
教えているので、

ここで簡単に
「アドバイスって悩んでいるときにしちゃいけないんですよ」
みたいな月並みなことを
言うつもりは全くありません。

というのも、そもそも人って、
アドバイスしたいように
できている…

そう聴いたとき、
あなたはどう思いますか?

コミュニケーションの起源の探求、
コミュニケーションの進化と
人の協力ということについて
深く研究している心理学者の
マイケル・トマセロという人が、

言葉によるコミュニケーションの
前段階にある仕草
(例えば「指差し」)を取り上げて、
チンパンジーと人間の
指差しの違いを研究したんですね。

その研究の興味深いところは、
チンパンジーが指を指すときの
メッセージの意味です。

それは

「俺にそのバナナを持ってこい」
「それを取ってくれ」といった、

「私に何かをせよ」という

要求のメッセージなんだそうです。

一方で…
人間が指を指すときは、
もちろん「それが欲しい」という
意思表明や希望を
伝えることもありますが、

ほんの何歳かの赤ちゃんですら

チンパンジーとは
全く異なることをするんです。

それは…

「お知らせ」

です。

「ねえ、あんな面白いものがあるよ」
「あんな変わったものがあるよ」、
あるいは「湧き水が出ているよ」
「ここは美味しいフルーツがいっぱいあるよ」
「狩り場だよ」といったメッセージです。

要は、
情報を自分で抱え込んで
自分だけのものにするのではなく、
仲間にシェアすることで
僕たちは繁栄してきた。

そして、
それをより明確なものにするために
言語が生まれてきた、
そう考えられるわけです。

つまり、
この理屈をそのまま当てはめると、
ちょっと驚くことなんですが、

アドバイスしてくる
ややこしいおじさんや
おせっかいな人たちというのは、

実は本能的に
「誰かに何かを知らせたい人」
という風にも捉えられるわけです。

え〜、ええ人やないですか!

そう、ある意味『根はええ人』

もちろん、それを
受け取る側の気持ちに
立てていない、

つまり、

「今はその時なのか」
メッセージを伝える
タイミングなのか?

ということに心が及んでいない
という別の問題はありますよね。

でも
僕たちの言葉そのものが
「誰かに何かを知らせる・共有する」
というところから
発展してきたという考え方を
とるならば、

ある意味、
教えたいという気持ちは
本能として存在しています。

では、次のステップとして、
おせっかいな人や、
つい「あの時代は」とか
「俺の時代は」と
余計なものを付け加えて
言ってしまう、
昭和のおじさんと
嫌がられないために
僕たちが何をするのか。

1つは自制するということ
かもしれませんが、
本能に抗う自制は
極めて難しいわけですね。

だから、
僕たちが提唱するのは
我慢や自制ではありません。

あなたならどうするでしょうか?

ここで鍵となるキーワードは、

「戦略的」

です。

仲間にシェアすることで
繁栄してきたというのは、

つまり、集団の中で
自分が生き残るためには

「この人は役に立つ」

と思われることが必要だったんです。

だからこそ、
本能の最も奥底にあるのは、
ただ人の役に立つために
情報をシェアしてるのではなく、

「その集団にとって役立つ人だ」
と周囲から思われるためのアピール。

それが集団内で
生き残るための
重要かつ戦略的な方法だったと、
考えられなくはないでしょうか?

教えたい、
知らせたいという
メッセージの根底には、
「それを知らせることで、
自分は有益な人だ、
このコミュニティにとって
役に立つ人なんだと思われたい」

という心理があります。

これはエドワード・デシの
ベーシック・サイコロジカル・ニーズ
(基本的心理欲求)における
「有能感」に通じるものがあります。

(僕はこれを「コアニーズ」と呼んでいます)。

僕たちが、
ついアドバイスをしてしまうわけは、

昭和の親父のDNAよりも
もっと深い、誰にでもある
深い欲求にあったんです。

でも…

周りに「この人はできる人だ」と
思ってもらいたいのに、
本能の赴くままに行動していては、
その有能感は
受け取ってもらえません。

これはアドバイスに限らず、
本能の赴くままに
振る舞っている人を
誰も認めないのと同じです。

有能感を認めてもらうためには、
自制できる人間であるより

タイミングを
見極められる人間になること。

これがポイントです。

タイミングを見極める…

これは本能を
コントロールしようとする
自制心よりも
はるかにやりやすく、

意志の力で
コントロールできるものだから。

では、
どうやってタイミングを見極めるのか?

熟達する前にできることがあります。

それは、
こう問いかけることです:

「このアドバイスが最も効果を上げて、自分自身がすごいと思われるためには、これを今言うべきだろうか?」

「今言うべきだろうか」
と問いかけることを
試してみてください。

不思議なことに、
それは多くの場合
「いいや、今じゃない」
ということがわかります。

誰しも自分に対して
有能感を持ってもらいたいと
思っている中で、
ほとんどの人は
ストレートにアドバイスを
してしまいます。

しかし、
これではすごい人にはなれず、
昭和の『ややこしいおじさん』に
なってしまうわけです。

それを可能にしていくには、
「これがタイミングなのか」を
見極める力と同時に、

もう一つだけやる必要があります。

それはまた明日。

「今はその時ですか?」
これを試してください。

では。

神 崇仁(こう たかひと)/このページはメールでお届けした文章です。