『コーチング4.0』レター 第34話
こんばんは、神 崇仁です。
ちょっと時間が
空いてしまいました。
いろいろと体が疲れていて。
昨日はヒプノナッジの
トレーナートレーニング
だったんです。
ヒプノナッジの先生に
なろうという人たちが集まって、
僕がトレーニングをする
会でした。
昨日新たに資料を
作ったのですが、
コピー用紙1.5冊分の資料と
パソコン2台、
ディスプレイ、
そしてカメラや
重たいレンズを入れた
カバン(もちろんキャスター付きですが)を
運んでいて、
段差を降りようと
持ち上げたときに
肘がいかれちゃった
みたいなんですね。
一日中、
肘がめちゃくちゃ痛くて、
セミナー中も
動かそうにも
全然動かない
状態でした。
それが昨日の懇親会で
笑いに笑ったら、
不思議なことに
痛みが3分の1減り、
そのあとタクシーの中でも
ずっと催眠音声を
聞いていました。
昨日も終わってから
メルマガを書こうかと
思ったのですが、
体が休みたいと
言っていたので、
催眠の痛みの解放の音声を
聞きながら寝たんです。
そうしたら、
今は痛みが9割
取れました。
どこかぶつけては
いるみたいなので、
まだその打撲のところは
痛いですが、
めちゃめちゃ
楽になりました。
怪我を治すというわけでは
ありませんが、
笑いと、
そして催眠音声というもので、
僕の痛みは
9割消えてしまいました。
いろいろ準備して
いたので、
メルマガを書くのが
遅くなってしまいました。
前回のメルマガで
お伝えしていた
皆さんへのプレゼントですが、
他でもない、
セミナーで実践した
ワークのプロンプトを
近々プレゼントしようと
思っています。
昨日ものすごく
感動したことが
ありました。
受講生の一人が
このトレーナートレーニングに
先立って、
ヒプノのトレーニングから
昨日まで
1年弱にわたって
講座に毎回
来てくださっています。
ずっとオンラインで
参加されていて、
昨日おそらく初めて
リアルでお会いしたと
思います
(もし違っていたら申し訳ないのですが)。
彼女は日本の
伝統芸能の専門の
お仕事をされている
らしく、
休憩中におずおずと
やってきて
話しかけてくれました。
昔、僕が別のセミナーで
――多分当時は
自分を権威付けする
ために言ったのだと
思いますが――
「僕のところには大学の先生たちも学びに来る」
という話をした
ことがありました。
実際、大学教授や
お医者さんなども
来られるのは事実で、
その多くは
エリクソンを
研究していたり、
心理療法やコーチングを
実践されている
方々です。
その中の一人が、
エリクソンについて
ものすごく詳しい
方でした。
当時の僕よりも
詳しかったかも
しれません。
そのときの僕の
身の処し方として、
「生徒は先生だ」
というマインドが
自分の中に
ありました。
受講生から学ぶことや、
情報として
教えてもらえることは
本当にたくさん
あります。
人は全員、
自分とは全く違う
人生を生きてきて、
違う文化や情報に
触れてきているので、
何かを具体的に
教えてくれることも
あれば、
生き方そのものを
通じて教えてくれることも
あるからです。
そう思って
接していた中で、
かつての受講生の方
(確か東大の方だったと思います)から、
エリクソンのすごく
難しい英語の文献について
質問されたことが
ありました。
僕はそれを
知らなかったので、
「分からないので調べてご連絡しますね。貴重な情報を教えてくださってありがとうございます」
とお答えしたことが
あったのを覚えています。
多分その話を
僕がどこかでしたのを、
昨日の受講生の方が
覚えていてくださった
ようで、
こう言われました。
「神先生が昔、大学の先生が学びに来たっておっしゃってたのを覚えています。それってひょっとして西平先生ですか?」
そう聞かれて
「西平さんじゃなかったよな」
と思って、
「なんでですか?」
と聞いたら、
彼女は日本の芸能の
探求の中で
西平先生という方に
出会い、
その先生が
書かれている書籍に
すごく感銘を受けたと
教えてくださった。
それは僕は
知らなかったのだけれども、
『稽古の思想』という本で、
他にも三部作と
言われるものがあると
のことだった。
その中で西平先生が
エリクソンの話を
持ち出されているので、
「きっとこれは神先生なんだ」
と早合点されて、
勇気を振り絞って
聞いてくれたらしい。
僕はお答えとして、
「この文脈のエリクソンだと、おそらくミルトン・エリクソンではなくて、発達心理学のエリク・エリクソンのことじゃないかなと思いますよ」
という話をした。
すると彼女は
申し訳なさそうに、
「本当にお時間を取らせてしまってすみませんでした」
と言ってくれたのだけれども、
僕はすごく嬉しかった。
僕が感動したのは、
彼女の学びに
対する姿勢だ。
僕たちがやろうと
しているものを
「自分の文脈に当てはまるんじゃないか」
と捉え、
実践だけでなく
自分の人生の
修養の学びとして
結びつけようと
してくれていることは、
講師冥利に尽きます。
さらに、
「こんな勉強をしているんです」
と教えてもらったものが、
僕にとっても
ものすごく
興味深いものだった。
『稽古の思想』は
早速その場で
Amazon で発注して
今日届いた。
もちろん通読は
まだできていないけれど、
速読でバッと見ただけでも
すごくいい本だと
わかる。
僕自身が
トレーニングを
提供する上で、
武道などの「型」を
通して学んでいく
ことについての
探求をしている
中にとっても、
その流れを理論として
深めたり、
僕自身が
ひょっとしたら
ズレているところとの
差異を通して
新たな学びを
得たりできるのでは
ないかと思う。
そうした情報を
僕に与えてくれたことが、
ものすごく嬉しい。
そういう繋がりって、
やっぱりリアルという
場ならではで
得られる、
ある意味雑談であり、
トレーニングの外側の
会話なんですよね。
こういう会話が
オンラインでも
できるといいなと
改めて思いました。
そして何より、
その交流のひとつの
きっかけを作った
エリクソンの影響力を
改めて実感しました
(エリクソン違いだったわけですけれども)。
面白かったのは、
彼女はエリクソンという
観点での交流だった
わけですが、
『稽古の思想』という本、
つまり西平先生と
僕自身の交わりの
ところには
グレゴリー・ベイトソンが
いたことです。
ベイトソンの学習理論が
この本の中で
触れられていて、
僕はこういう論調を
初めて見たのですが、
ベイトソンに
ほんの少し批判というか
揶揄をしていた。
しかもそれが
何とも人の心がある、
温かみのある
捉え方をしているというのが、
僕にとっては
すごく知的な
刺激になりましたし、
探究の上での
新たな種を
もらえたと
思っています。
結局、
学びや人生の変化の
きっかけというのは、
本当に小さな
出会いや触れ合いから
始まるということ。
そして、
それをその場限りにせず
どう捉え、
捉えたことを
ほんの少しでも
実践したり、
何かアクションに
繋げてみたりすることが
大切なんだなと、
自分の取った行動も
含めて思う次第です。
あなたは日々の
きっかけを
大事にしているでしょうか。
それは振り返ってみた時に、
それがあなたの重要な、
あるいは重要な影響を与える
教師だったと
思えるからです。
僕がゲーム感覚で
用意したプロンプトは、
また近々
皆さんに渡せるように
します。
今月も一つ
ライブをやろうと
思っています。
またあなたに
ご紹介する機会が
来ると思います。
では、また。
神 崇仁(こう たかひと)/このページはメールでお届けした文章です。