今日は大阪のホテルから書いてます。

昨日は言語学の動画を作って、ほぼ徹夜。
移動中の新幹線では、
名古屋まで目覚めることなく爆睡…
それだけでなく、
夕食を食べたら猛烈な眠気。
そう言う時は、体の声に従う。
大事ですね。
おかげで今日はすっかり元気に!
以前、
AIが自殺教唆で訴えられたというニュースを見ました。
とても賢いはずのAIが、
なぜそんな深刻な事態を招いたのか。
原因はAIの「sycophantic(おべっか使い)」な性質にあった。
「おべっか」って販売員の
専売特許じゃなかったんだ。
そう思った記憶があります。
AIもアテンションエコノミー。
(注意を支配するビジネス)
だから、ユーザーを1秒でも多く
自分のところに繋ぎ止めるために、
共感的なプログラムがなされてる。
そう聞いたことがあります。
だから、
ユーザーの言葉にただ共感し、
表面的な同調を繰り返した結果、
とんでもない方向に話が進んでしまった。
なぜ、
AIの「イエス」は危険な結果を招いたのでしょうか?
おべっかじゃない販売員…
のことをふと思い出しました。
数年前、フットサルの靴を買いに、
お気に入りの五本指ソックスを履いて、
博多のサッカーショップに行った時のことを思い出しました。
「怪我をしたくないから、
グリップの効くこのソックスを買ったんです」と
自慢げに話す僕に、店員のお兄ちゃんはこう言ったんです。
「五本指は決して体に良いわけではないですよ」
僕の信念を、
真っ向から否定してきたんです。
真っ向からの否定といえば、
あのミルトン・エリクソンのオフィスに、
ある患者が怒鳴り込んできた時の逸話があります。
「全ての精神科医はクソ野郎だ!」
精神科医であるエリクソンの前で、
患者はそう吐き捨てたのです。
あなたなら、
このあからさまな敵意にどう対応しますか?
すべてのお話の底に流れているもの。
それは、
世間で誤解されている「偽のイエスセット」と、
相手の心を動かす「本当のイエスセット」の違いです。
「今日はいい天気ですね(イエス)」と、
表面的な同意を積み重ねて相手を操作しようとするのは、
ただの「おべっか」です。
本当のイエスセットとは、
相手をコントロールすることではなく、
相手の心の中に「自分のことをわかってくれている」
という安心感を作り出すことなのです。
エリクソンは、
怒り狂う患者に反論しませんでした。
「あなたがそうおっしゃる、
まさにもっともな理由がおありなのは、
疑うべくもありません」
そう言って、
相手の言葉を受け止めて「イエス」を引き出したのです。
これこそが最強のイエスセット。
敵意を受け止められた患者は、
「この人は分かってくれる」と安心し、
エリクソンの言葉をすんなりと受け入れる
「学習の構え(学習のプロセス)」ができたのです。
靴屋のお兄ちゃんも同じでした。
彼は僕の言葉には「ノー」を突きつけましたが、
「怪我をしたくない」という僕の深いニーズには、
全力で「イエス」と応えてくれたのです。
そして、
本当に足のためになる靴を提案してくれた。
一見、
否定や対立に見える「問題」を、
相手との深い信頼を築く
「リソースに変える」
ことができたのです。
僕はすっかり彼のファンになり、
おすすめの靴を買って帰りました。
一緒にいた、福岡在住で
コーチ仲間のトトは、
その後、
この販売員さんのファンになり、
息子さんのサッカーグッズを買う時は
いつも、博多まで出向いて、
彼から買っているそうです。
すごいですよね?
最初のAIのニュースに戻りましょう。
AIは、
ユーザーの言葉の表面だけをすくい取り、
ただ「イエス」と同調し続けました。
それは本当の共感ではなく、
ただの「おべっか」です。
表層的なイエスセットは、
時に相手をネガティブな方向へ加速させてしまいます。
でも、
本当のイエスセットを身につければ、
相手がどんなにネガティブな状態であっても、
それを深い信頼関係を築くための入り口として
「ネガティブの再定義」をすることができるのです。
相手を無理やり動かすのではなく、
相手が自然と「イエス」と言いたくなる心の状態を、
あなたから作っていく。
では!
